臨床解剖学分野
秋田 恵一
(医学科教育委員会委員長)
東京医科歯科大学の医学教育の形造り期
田中雄二郎先生と初めてお話させていただいたのは、2002年に始まったハーバード大学での医学教育についての教員研修前の打ち合わせの時でした。それまでカリキュラムというのは、時間割の中の割り当てられた隙間を埋めるもの程度にしか考えておらず、個々の教員がそれぞれの個性によって授業を行えばそれでよいと思っておりました。しかも、カリキュラムは一般教員とは関係のないところで決められるものと思っていたため、教育改革に参加するということは、全くぴんとこない状況でした。
2014年12月に発行された「東京医科歯科大学 ハーバード大学 医学教育提携10年史」に、2002年前後における本学の医学教育の変化が記されています。第1回の派遣時のテーマは、1: Medical Introductory Course(初期専門教育)、2: 統合型教育、3: フリーセメスターとデュアルデグリーコース、4: 診療参加型臨床実習、5: PBL(問題基盤型学習)、6: 教育評価法 でした。その当時は、これらの内容も意義もよくわかっておらず、手探り状態でありました。しかし、2011年の2度めのカリキュラム改革を経て、いずれのテーマについても多くの検討を経て、ほとんどが実現されております。そして、いずれも本学の教育の特徴としてあげられるものとなっています。
添付の写真の「医学教育提携10年史」の表紙に写っているバインダーは、私が2002年の派遣の時、ボストンの初日に配布されたものです。懐かしくなってこのファイルをめくってみると、「医学科教育カリキュラム説明会 2002-09-18」と書かれたパワーポイントの資料が見つかりました。これは、ボストンに派遣される3ヶ月ほど前に行われたもので、田中先生がお話になったものに違いありません。それを見直してみると、2つの大きなキーワードが見つかりました。「講義・実習時間の削減」と「学生の自己学習態度の育成と実践」です。私は驚き、思わず資料の日付を見直してしまいました。それは、今、私が全く同じことを新しいカリキュラムの検討に向けて言っていることだからです。
ボストンに初めて行った時に、「カリキュラムというのは、何もしなくても自然に過密化する」と、Prof. Elizabeth Armstrong に言われました。当時はその意味が全くわかりませんでした。しかし、これは「学生の自己学習態度」を作り出さなくては、自然と過密化していくことになるのという意味ではないかと最近になって感じるようになりました。田中先生が先頭に立って進めてこられたカリキュラム改革により、形造りはかなりの完成をみたと思います。しかしながら、それを使いこなし、自己学習を文化として根づかせるところには、まだ至っていないように思います。それは、今運営を行っている我々の至らない点ではないかと思います。この点について、一歩でも前進させていきたいと考えています。
私の部屋の書棚にある茶色のバインダーを見るたびに、医学教育について考え始めた頃のこと、また、田中先生にいろいろ教えていただき、議論させていただいたことを思い出します。どれだけ議論させていただいても解決しないのは、教育は人がやるものであり、それを受けるのも人だということだと思います。田中先生には、長い時間をかけて、医学教育はカリキュラムの形や教育技法ではなく人造りだということを教えていただいたのだと思います。それを真に実践するには、まだまだ次々と起こる問題に対処するのに手一杯で余裕がないところでありますが、少しずつでも前進させていきたいと思います。