桃原 祥人先生からのメッセージ

東京都立大塚病院産婦人科 産婦人科(周産期・腹腔鏡手術)
平成4年 東京医科歯科大学卒

桃原 祥人

田中雄二郎先生、定年おめでとうございます。長い間母校の発展にご尽力され、私たちを育てていただいたことに感謝申し上げます。業績のことは多くの先生が書かれると思いますので、雄二郎先生(と書く失礼をお許しください。しかし、講義で教室に入った瞬間に学生が「雄二郎」と呼び捨てにするのが聞こえた直後、声を低くして「雄二郎です」と名乗った先生のお茶目な側面も忘れられません。おそらく、イメージは「裕次郎」でしょう)の仕事以外の側面でいくつか思い出を書かせていただきます。

私の総合診療部/臨床教育研修センター在籍3年の間にM&Dタワーの北半分が完成し講座は引っ越しとなりました。引っ越し後の私のデスクは田中教授室と壁一枚隔てた隣になりました。教授室の中での先生の仕事ぶりは直接にはなかなか拝見できませんが、よく覚えているのは部屋にいらっしゃるのに照明が消え、気配が消えていらっしゃる時間があることと、クラシック音楽が漏れ聞こえてくることです。照明を消しているのは気配を消すことが目的ではなくおそらく集中力のためかもしれません。私も職場で個室が持てるようになった今、デスクワークでは同じように照明を消してまねをしてみることがありますが、なかなかいい方法を教えていただいた思いです。音楽の選曲は王道で、一番印象に残っているのはベートーヴェンの交響曲第7番(ベト7)です。英雄、運命、田園、合唱付きと名前の付いた交響曲ほど有名ではなくても駆け抜けるような推進力で、ワーグナーに「舞踏の神格化」と表された名曲です。推進力が活きる代表的名演といえばカルロス・クライバー、対照的な演奏としてフルトヴェングラーあたりが名演にあげられると思います。フルトヴェングラーには異論もあるかもしれませんが時代を反映した重厚な表現で、特に戦時中のベルリンでの演奏は第二楽章に悲壮感が漂います。しかし、雄二郎先生が聴かれているのは「テンシュテット」(!)とのこと。クライバーを「快演」とすればテンシュテットは「爆演」と言ったところでしょう。この勢いのある王道の名曲にとてつもない爆発力をもった演奏を選ばれるのは、仕事でも王道の中にしっかりと個性やスパイスを効かせている先生の姿に重なるものを感じます。先生とのクラシック談義の中でも印象的なのは、モーツァルトで一番好きな曲を聞かれ「クラリネットコンチェルト」と答えたところ、「わかっているねぇ!」というような反応を示されたことです。モーツァルトの晩年は天国的な名曲が多く、その代表はレクイエムですが、レクイエムは未完で、弟子の手が加わったことで曲調の一貫性に欠ける部分があります。ほぼ同時期のクラリネット協奏曲は、小品(アヴェ・ヴェルム・コルプスも素晴らしいですね)を除けば完成された最後の曲であり、軽妙で深遠なモーツァルトのエッセンスが全て含まれた名曲です。その意図も含め完全に理解し合えたと感じます。雄二郎先生も覚えてくださっていて、私が講座を離れた後もお会いする機会があるとその話を持ち出していただけるのをうれしく感じています。バセットクラリネットの低音が魅力のシフリンの演奏を教えていただき、すっかりヘビーローテーションになっています。

定年後もベト7のようにさらに推進を続ける先生の姿も想像されますが、少しは歩みを緩めて音楽などの趣味にかけられる時間も増えることを願っています。