東京医科歯科大学 統合教育機構
中川 美奈
田中雄二郎先生、臨床教育開発学分野教授ご退任、まことにおめでとうございます。長きにわたるご指導ご鞭撻により、私はいまも志をもって日々仕事に尽力しております。これまでの公私にわたるご指導に心から感謝を申し上げるとともに、私の人生の節目節目で示してくださった道標ともいえる金言とともにこれまでを振り返ってみたいと思います。
私は、1996年に本学を卒業し第二内科に入局しました。まだ研修医になりたての頃、田中先生が診察室や内視鏡室で診療なさる様子を拝見する機会がたびたびありました。患者に優しく接し、不安を取り除く工夫をされているその姿勢は、まさに私の目標とすべきものでした。ある時、患者とどう接したらよいか、田中先生に質問したことがあります。まだ駆け出しの医師だった私がよくそんな大それた質問をしたものだと思いますが、田中先生は「自分が大切だと思う人に接するように、患者の訴えを聞き、検査、治療についても考えてあげればいい」ということをお話しくださいました。それぞれの患者にどのように接するべきか、頭でいろいろ考えていた私は、その言葉で一気に自分の軸となる診療指針が定まりました。今も日々心に留めて診療しています。
また、当時は2年間の内科研修のあと専門領域を決めるにあたって、循環器にしようか消化器にしようかと迷っていた時に、当時第二内科の医局長をなさっていた田中先生とお話しする機会をいただきました。たしか医局関連の食事会の席だったように記憶しています。和やかな雰囲気の中で、消化器の魅力と将来性について田中先生がお話しを聞かせてくださったことで、私が漠然と抱えていた不安はすっと消え、消化器グループに入る契機となりました。その当時から、学生も研修医も隔てなく接してくださるお姿は素晴らしく、安心して将来の専門領域を選択することができたのです。
2005年に大学院を卒業したあと医員として最初に配属されたのが総合診療部でした。上司となった田中先生は、ときに厳しく叱責なさることもありましたが、暖かいお人柄のおかげで1年間楽しく仕事をさせていただくことができました。とくに、社会に貢献できる優れた医師を育成するために、長期的な視野に立ち、学生から研修医までの教育を一貫して行おうとする卒前-卒後の研修システムを構築された事は田中先生の偉業のひとつであり、その業務の一端に携わることができたことは私にとっても貴重な経験となりました。優れた医師の対象者は医学生だけにとどまらず、医学部を目指す高校生にも向けられておりました。田中先生の鞄持ちで駿台予備校の説明会に参加した時は、優秀な人材を一人でも多く医科歯科の医学部に勧誘しようとする姿に感動すら覚えたものです。こんなにやりがいのある仕事はない、いつか機会があったら一緒に教育の仕事をしましょう、当時そんなお言葉をいただいたことを鮮明に覚えています。
その後私は、消化器内科の寄付講座に戻り、しばらくは直接ご指導をいただく機会はありませんでしたが、折に触れお会いするたびに近況を聞いてくださり、適切なアドバイスをくださいました。私が医局長業務で疲労困憊していた時も、これまでのご経験を聞かせて下さり、心が軽くなったことを覚えております。
医局長を予定通り1年間務めたのち、2013年4月より田中先生が立ち上げた医歯学融合教育支援センターという教育分野に異動し、消化器の臨床、研究と教育に従事することになりました。田中先生はすでに病院長、理事と大学の要職を歴任され、多忙を極めておられました。私が教育分野に異動した当時は、膠原病リウマチ内科を臨床基盤とする高田和生先生がセンター長•教授として、その卓越した国際感覚と業務処理能力により、種々の教育改革を進めておられました。自分が学生の頃とはまったく違うカリキュラムの企画、運営に携わることになり、教育の専門用語も慣れるまでは苦労の連続で、大変な思いもしましたが、教育に関する、大学理念実現のためのガバナンス強化 、カリキュラムの質管理の強化/継続的改善などこれまでに得たことのない視点をいただき、2016年4月より統合教育機構の所属となり現在も奮闘中です。
これまで私自身は、出産•育児以外にも家族の闘病や、自分の体調不良などで何度か進退について悩みながらも、周囲の先輩、同僚の先生たちに支えられ何とかやってまいりましたがその中でも、いつも真っ先に相談にのっていただき、親身にアドバイスいただいたのが田中先生でした。2010年2月、当時の医学科教育委員長だった田中先生は九州大学の学長をお勤めになった水田祥代先生を学生講義にお招きになりました。まだ女性医師が少なかった時代に小児外科医の道に進みキャリアを積んでこられた水田先生からは学ぶことが多く、当時消化器内科の出産育児支援係だった、岡田英理子先生と私に田中先生が声をかけてくださり、消化器内科の女性医師にも呼びかけみんなでご講演を拝聴することができました。講義終了後に企画した懇親会に水田先生も同席くださったことは、貴重な経験でした。水田先生は原色のお洋服と犬のブローチ、ステキな笑顔が印象的で、パワフルな水田先生のお話にみんなで元気をもらいました。
学生時代、「臨床も研究もできる医者になりたい。」と漠然と思っていた頃、同級生にそんなことは無理だ、と笑われた記憶がありますが、第二内科に入局して田中先生に導かれるまま消化器グループに入り、その後のキャリアを積めたことは私にとって大変幸運でした。肝臓分野の一流の先生方のご指導もいただきながら、現在私は、朝比奈靖浩先生率いる大学の肝臓グループにも所属させていただき、臨床、研究にも従事させていただいております。今後も、質の高い臨床、研究、教育を目指して邁進したいと思います。
田中先生、今後ともお元気で、引き続きよろしくご指導ご鞭撻くださいますようお願い申し上げます。