前田 歩先生からのメッセージ

前田 歩

現在の所属 聖路加国際病院 麻酔科
卒業年次 医58・H22年・2010年

 人生の道のりは、その時々に与えられる出会いによって切り拓かれ、導かれ、整えられていく。医師としての私の人生は、雄二郎先生との出会いを通して与えられ、医師としてのこれまでの歩みは、雄二郎先生のご指導により支えられ、彩られてきた。

 雄二郎先生と出会わなければ、自分が医師になることはなかったと、心からそう思っている。2005年の夏、医科歯科の編入試験の面接の場で、当時文系の大学生だった私を合格させることに否定的な面接官が多い中、「面白そうだから採ってみましょう」という先生の一声が、合格を後押しすることになったと後から聞いた。

 雄二郎先生と出会わなければ、私が医科歯科に入ることも、在学中にボストンに留学することも、そこで産科麻酔と出会い、のちにアメリカで麻酔科医になることもなかっだだろう。今日の自分があるのは雄二郎先生のお蔭だ、そう感じている医師は私だけではないだろう。

 大学を卒業し、初期研修を始める前にいただいたアドバイスが忘れられない。「とにかく一緒に働く人たちの名前を覚えて、きちんと挨拶をしなさい。」これまで働いたどんな職場にも、気が合わないと感じたり、コミュニケーションが難しいと感じる上司や同僚がいた。それでも相手との関係をあきらめずに、名前で呼び、自分から声をかけ続けることで、気が付いたら相手が自分の味方になっていた・・・そんなことが何度もあった。

 人生の旅路は、平坦な道のりばかりではない。私が大きな挫折を経験した時、道が閉ざされたと感じて途方にくれていた時、雄二郎先生の言葉が背中を押してくださった。あまりに個人的な内容のためこの場では割愛するが、自分が最も助けを必要としていた時に、あたたかく手を差し伸べて下さったことに今でも感謝している。

 進路に迷っていた時期には、「母校は母港です」と、いつでも帰れる場所があることを教えてくださった。「あなたは自分に合う靴を探すのではなくて、自分に合う靴を作ってくれる靴職人を探しなさい」と言って、他院で勤務しながらでも大学院生として研究できる環境を与えてくださった。

 フルタイムで働きながら、子供と十分な時間を過ごせていないのではと罪悪感を感じていた私は、「子育ては量より質です」という先生の言葉に救われ、励まされた。そしてたとえ将来、フルタイムで働くことが難しい状況になったとしても、「女性は男性よりも7年長く生きるんだから、ゆっくりやればいいんだよ」というアドバイスを思い出して安堵するだろう。

 私がそうだったように、これまでたくさんの医師たちが、雄二郎先生を恩師と仰ぎ、先生の言葉に導かれ支えられてきたに違いない。その一人一人が、一生のうちに何千人の患者様と関わりを持つのだろうか。一人の指導者の信念が、教え子たちを通して、数えきれないほどの人々の人生に影響を与えることができるのならば、医学教育とはなんと貴い仕事なのだろう。

 雄二郎先生のいない医科歯科なんて全く想像できないが、この大学のあちこちにいる教え子たちを通して、先生のメッセージはこれからも生き続けるだろう。先生が私にしてくださったご恩に対して、何もお返しできずにいるが、せめて一日一日、職場でそして家庭でも、先生の言葉を思い出し、実践していきたいと思う。それが、先生に直接ご指導いただくことのできた自分の使命だと感じている。